2011/11/06

「真昼の星空」米原万里 自由という名の不自由p240

「今晩のおかず、何が食べてい」
と母親に尋ねられて。
「なんでもいいよ。母さんの作るものは、なんでも美味しいから」
なんて答えて、歓迎されるどころか、
「そのなんでもいいってのが、一番困るのよ! ハッキリしてよ!」
と怒られてしまったことはないだろうか。

建築家の知人も言っている。
「何の欠点もない敷地に、好きなように家を建てて欲しい、と言われるのが一番辛いんだよね」
むしろ、いろいろな制限がある方が仕事がはかどるし、面白いという。いや、それどころか、そもそも人間が住める家を建てるのが不可能と思えるほど敷地が欠陥だらけで、施主側の要望があるほど、傑作な家ができるらしい。

型のない自由なダンスを踊るときもそうだ。音楽に合わせて身体をくねらせるだけの、誰もが動かしやすい動作をするものだから、みんな同じ踊りになって、見ている方も退屈だし、本人もすぐ飽きてしまう。
一つ一つの動きにいちいち細かく厳しい型があり、それを身につけるのに何年もかかりような不自由な思いして身につけた踊りほど、自己表現も自在だし、踊っている最中の開放感も大きく、従って満足度も高い。
------------------------------------------------------------以上引用
演奏することも歌うこともそうですね。音程という絶対的な制限の上で、そこから魅了するような表現が生まれる。
犬もそうですね。犬が言うことを聞かず思いのまま動こうとすればするほど、自由を束縛せざるを得なくなる。こちらの言うことを即座にきいて、止め、来いを間違いなく聞いてくれれば、かなりの部分で自由を与えられる
--------------------------------以下引用

自由貿易最大の問題点は貧富の差が拡大する点にあります。貧しいものはより貧しくなって貧困から抜け出せなくなり、富める者はますます富むようになるわけです。

これは実際に一方的なルールに基づく「自由貿易」を強制された過去のアフリカの例を見れば明らかで、そのほかの国でも同じようにして「自由貿易」を行って栄えた国はありません。「自由」と「公正」とはまったく違うのです。

求めるべきは「公正」な取引であり、勝手なルールと勝手な規則・規制・法律によって強制される一方的「自由」ではない、ということです。また、「開かれた貿易」というのも耳に聞こえ心地はいいのですが、実際には「公正な立場の貿易」でなければ、ただの「植民地」と変わりが無いのです。なぜなら、日本がTPPで相手にするのはアメリカというより「多国籍企業」であり、一国に依存しない多国籍企業はどの国の国民の利益にも関心はないためです。だからこそ世界各地で反対運動が起き、問題点が山のように指摘されているわけです。

つまり、私たちは自由貿易ではなく公正貿易を求めなければならない、ということです。
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今までアメリカがやってきて矛盾が起きている部分、貧富の差の拡大、富の搾取、誰かが貧乏にない誰かごく一部が富を得る。それが自由貿易の正体か
関税だって必要だからある制度なのに、関税なしが正しいみたいな話はおかしい
野田政権がなんで前のめりにTPP参加しようとしているのか動機が本気でわからない。
表向きは、鎖国か開国か、アジアの活力をとか、輸出を無視してはやっていけないみたいなことをいってるけども。

そもそも、自由貿易が正しいとか、否定しないとかいうけど、「自由貿易」って全然自由じゃないようにみえる。自国にとって有利な規制はかけられるの?かけられないなら「不自由」極まりない制度と思う。
誰にとっての自由?企業にとっての自由か

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