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11/11/27金 内山 節
原発事故は、少しずつ地域の営みを破壊しながら、静かに、ジワジワと深刻さを拡大しているようにみえす。この影響が長期にわたってつづくとするなら、広範な山村が危機に陥っていくことになるだろう。
私が一年の半分を暮らしている群馬県の山村、上野村でも、農産物などは徹底した検査をつづけている。国の基準が安全でも、農産物から少しでも放射性物質が検出されたら、消費者はこれまでのように買わないことを、村人は知っているのである。
この様子を見ていると、原発事故の一番大きな被害者は、人々が築いてきた地域そのものだという気がしてくる。
もちろんこの事故は多くの人達に被害を与えた。だが乱暴な言い方をすれば、一人一人のの人間は移動することも、安全な食べ物を選択することもできる。ところが地域は移動することも、その地域と共にある生活や労働を大きく変更することもできないままに、その場所で、この現実と共に居続けることしかできない。放射線濃度の高い地域から順に衰弱していくことになるかもしれない。
地域の危機という視点から原発を考える視座が、復興を考えるなら、どうしても必要なのである。
復興とは、すべての地域を復興させることである。
現在議論されているTPP問題が、上滑りした議論のように感じれるのも、それが日本にとって有利か不利かの議論になってしまっていて、地域にとってどうなのかという視点が欠けていることにある。すべてのものを対象に関税ゼロにするというTPPの目標が達成されたとき、地域はよりいきいきとしてくるのか、それとも衰退の道を歩むのか。わたしには、この視点の方が、より本質的だという気がする。
アメリカが求めていように、食品の安全基準や医療基準、外国人労働者の就労基準のアメリカ化がもしも実現したとしたら、地域はどうなっていくのだろうか。おそらく多くの農山村地域は、衰退の道を歩むだろう。
私は日本が先にあって、その後に地域があるのではないのだと思う。まず地域があるのである。そしてすべての地域がいきいきとしていられれば、そのことが日本にとって安定性を保障するはずなのである。
日本の未来から考える視点が、いま必要なのはそのことだと私は考えている。
-------------------------------------------------------------------人は逃げれて食品は選択できても、地域は移動できないという言葉で、ちょっと涙が出そうになった。原発推進派の池田信夫や勝間和代は、原発事故で死んだ人はいない、だから安全だと言い放った。本当に許せないし、嫌だ。原発事故は地域を破壊したんだと思う。もしかしたら、日本を壊したのかもしれない
エネルギーのために、地域が死に、日本が死んだら本末転倒だ。
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