ラベル 野球 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 野球 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011/11/23

-オレ流と言われてきたが。 落合引退会見から

普通のことをやらせることができるかどうか。継続してやろうと思ったら、基本に忠実に。だから、書く側も見る側も面白くない。こつこつが一番近道だし、現実的。私の中で、らしい野球というのは普通のことを普通に出来るかどうか。考えている次元が違う。当たり前のことをやるのが一番難しい。

-いつもどんなときでも表情を変えなかった。
人間は人の顔を見る。ベンチの顔色を選手は観察している。戦うのは相手のチーム。一喜一憂はこのチームでは見せてはいけないと思った。何もやらずにじっと見ているのが、選手を働かせるには一番いい。オールスターで喜んでいる表情が、本来の姿です。でも、時と場所を選ばなきゃいけない。取り立てて難しかったわけじゃない。

-チームリーダーとして大切にしてきたことは。
やっていることは野球。勝つために何が必要かを考え、それを邪魔するものは排除しなければいけない。そのための防波堤になれるのは監督しかいない。それを8年間やり通したのかな。

>普通のことをやるだけという言葉と、次元が違うという言葉がひかかった。
三冠王を取る普通、チームを勝たせて優勝に導くための「普通」ということか


杉下氏のコメント記事
落合監督の退団には私は一抹の寂しさを感じている。監督というものは、優勝するために投手を酷使し踏み台にする人が多いが、岩瀬にしても、吉見にしても、落合監督は選手を大事に扱ってくれた。それがうれしかった。

>誰だろう?日本シリーズで岩瀬3イニング連投させた星野さんか、んでも、浅尾投手は後半、落合さんも酷使していたように、少し見えた

鈴木孝政氏
監督は、選手との信用感がどれだけあるかだ。この人についていったら勝てる。この人の言うことを聞いていたら間違いない。こうやって静かにチームを守り抜いて、勝ちを積み上げた。そこに選手との信用感があった。チーム内には小さなもめ事がたくさんある。しかし、内紛はなかった。落合監督の特徴は怒らないこと。それも信用感の一つの理由かもしれない。

>うーん、確かに。信用感、この人の言うことを聞いてればという感覚というのは大きいんでしょうね。正しいことを言うだけでは人は言うことを聞かないという。信用感のない人が言う言葉なんて誰も聞こうとしないでしょうし。仕事でミスやポカをする人の言うことなんて、例え上司でも聞かないでしょうしね。/でも、後ろの方に出てくるけど、森繁和ヘッドは結構殴ってるみたいなんですよねw
落合監督は怒らない主義でもコーチは違うというのが面白かった


11/23中日新聞
シーズン中、先発投手が序盤で大量失点しても、続投させた。打席が回ってきても、代打を出すことはしなかった。試合が終わっていないのに敗北を受け入れる姿勢。あるチームスタッフが「こういう試合は落合監督にしかできない。ほかの監督はしたくてもできない。だから、強い」と話していたことがあった。
>一方的に負けた試合をそのまま意気地なく反撃もなくそのまま負ける試合を見せられることがあった。お金を払って観に来た客に失礼だし、時間を割いて見てる視聴者もなんだかなぁと思う。「俺は野球が上手すぎてイジメられた、お前は野球が下手すぎてイジメられた」というのをどこかで読んだ。ほんとの趣旨は読めてないんだけど、野球も出来て頭もいい落合さんも、人付き合いとかそういうのは下手だったのかなって思った。でも、そういうネガティブなことを11/23の中日新聞が書いてしまうのもどうなんだろう、社長の意向をおもんばかった文章なのかな


落合監督退任“恐ろしい”記者の体験
「お前ら、シーズン中は休むな。全部の試合を見ろよ。それが担当記者だろ」とも言われた。野球をしっかりと見る。その重要性を教えてもらった。しかし、9イニング、3時間。集中力を持続させるのは本当に大変なことだ。
>内川バットクレーム事件で見られるように、落合さん自身も試合を穴のあくほどみてるんだなと気付かされた。ただ、ベンチに座って腕くんでるように見えたけど。

「皆さんは野球の専門外。考えてる次元が違う。私の野球は基本に忠実。書く側、見る側はそれは面白くない。目新しいことに皆さんは飛びつきますから」
>次元が違う発言は度々出てきます

野球好きニュース① 落合監督&森ヘッドコーチ 2010/12/10 (youtube)
7:36
どうせ打てないんだって、それだけ力がない。無い奴を鍛え上げるには何が一番早いかといえば、守らすことだろ。そういう投手陣を作り上げたのは、シゲがつくりあげた。だから、俺はピッチャーには言わん。口出ししないから。分かんないものには口出しするなっての。何人もの監督にも仕えてきたし、相手のベンチの監督も見てきた。ただ、1つだけ分かったことは、全部自分で首突っ込んだらとんでもないことになるよって、ってことだけは学んだ、現役の時に。負ける監督っていうのは、何でも口を出していくんだ。自分がやらなきゃ気がすまないって奴は、大抵負ける。自分の仕事以外のことに口出ししたら、組織が動かなくなる。

>投手王国ドラゴンズを作ったのは森コーチだったんですね、すげえぜ

野球好きニュース② 落合監督&森ヘッドコーチ
デ:何人か骨折しても痛くないっていってましたね
落:当たり前やん
森:今シーズンだって骨折したのたくさんいたよ。ブルペンでは投げる。俺と一緒にしたら痛い。それじゃ、俺は使えないだろ。
デ:それって森さんのプレッシャーに負けてるですよ。
森:それはないよ、口が出る前に手が出るもん
デ:それじゃだめじゃないですか、中日はそういうのだめなんですよね
森:出さないよ、バットがあるじゃない。 無いのそういうことは俺は

落:教える側が手をあげる。こんな簡単なことはないんだよ。
デ:あれえ?
森:簡単なんだよ

落:打てなかった守れなかったってのは結果論であって、そこまでやられてぶん殴られるのがどこにあるんだよ。で、俺がここの監督になるとき、戦うのは向こうの選手だ、自分とこのベンチじゃない。絶対お前らに手をあげるなよっつって釘をさした。手をあげたらユニフォーム脱がすからな、それだけは約束を守れって
森:! o(゜Д゜ = ゜Д゜)o キョロキョロ
遠:それはコーチ全員に
落:それは、選手にも言ってある
遠:選手コーチにもつうたつされて、ヘッドそれは聞いてたんですか
森:当たっ `;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!! りまえやん

落:野球で、もどかしくなってきた部分はある。野手でさ、なんでこんな初歩的なことができないんだろう。

>やっぱり叱ったり殴ったりしてるんやん、ワロタw

2011/11/20

落合さんが今の記者にあまり発信しない原因の一つ?

世談11/11/20 中日新聞 いつか、聞きたい

のっそりと落合博満さんが選手食堂に現れた。「何が聞きたいの?」1993年、選手として中日に在籍した最終年だった。当時私は運動部のドラ番記者一年生。彼の談話はいつも「打ったのは真ん中まっすぐ」だけだったから原稿に苦労した。
その日はナゴヤ球場で1点を追っていた。終盤、2死1塁で打席に。外角球を猛烈な当たりで右翼線に二塁打。狭い球場で一走をかえすにはあれしかない。「右へ二塁打、計算通り」と書きたくて取材を申し込んだ。
私が原稿の構想を話すと「違うな」とニヤリ。「風はどうだったっけ?」と逆質問された。「両ポール際に追い風でした」と私。
「なら投手は引っ張って本塁打される内角には投げない。外角を押し込み、右ポール際を狙った。二塁打じゃない、本塁打を、だ」。ホームラン打者はそうすると。「だから、あれは打ち損じ。真っ芯に食らい過ぎた」。目からうろこ。原稿は「四番打者打ち損じ、勝利演出」と書いた。
記者席から何を見るべきで何を書くか。以来、ずいぶんと野球を学ばせてもらい、多くの言葉を読者に伝えてきた。監督としてなぜ、今の記者たちに発信してくれなかったのか。その理由をいつか、聞いてみたい。
(社会部長・齋田太郎)

 思うに、「四番の打ち損じ、勝利演出」という記事が、落合さんが今の記者に発信しなくなった原因の一つではないか、と思えた。
その題では、「ホームランを打ち損じた4番打者」というメッセージが読者に伝わる。
だけど、伝えたいのは、ホームランを打ち損じたことではなくて、これしかないという1走を返した強烈な二塁打の裏にある、打球の読みと、ホームラン打者のプライドとか矜持みたいなものじゃないのか。
にわかファンだけど、プロ野球選手が、一球一打に生活をかけているなら、それについての記事も最大限伝え方に配慮すべきだと思う。
「落合打ち損じ」という記事は選手も読むし球団関係者も新聞読者の何万?という人が読む。それで、選手生命に影響したらと思うとほんとに怖い。

もちろん、選手に了解を得て記事にしてるんだから、選手の意図どおり記事にしてると言われるのかもしれないけど。


「いつか、聞きたい」って題だけど、自分の記事が原因やないかと突っ込みたくなった。

最近読んだ本

hoge hogeの最近読んだ本