「死刑の瞬間をこれほど臨場感を持って体験したのは初めてである」
と記されていたので、読んでみたくなった。
小難しい話などなくて、最後まで惹きつけれて一気に読んだ。
本の中で矛盾した記述がある。
- 「生育歴が悪いことを犯罪をした理由にするな」-「刑務所送りになる犯罪者の多くが、家庭不和の環境で育っていることを知っていたからである」
- 人を殺したら死刑になるとわかっててやる馬鹿がいるから、死刑制度がなくならない-衝動的に人を殺してしまうことがある
- 死刑執行をして、不眠になるほどのトラウマをもつ刑務官と、大きな動物を殺した不快感しかないという加害者。これは矛盾というより、米原万里さんの「打ちのめされるようなすごい本」に書いてあったが、
「・・・どんな過酷であろうと、被害体験は、時を経るほど甘美な思い出となり得るが、加害体験は、忘却の闇に葬り去られべき汚物と化す。
私も身に覚えがあるが、脳には自分に都合の悪いもの、不快なものは記憶しないどころか、無いも同然となってしまう「自動忘却装置」が備わっている。一種の自己肯定欲というか自己保存本能みたいなものなのか。・・・・」
冒頭、いきなり別の死刑囚が、出房を命じられる場面から始まる。
読んでいて、死刑囚が執行される日をいかに恐怖しているかが分かった
↑これで思うのは、いきなり心の準備もなしに刑場に連れて行かれるのは、精神的にきつすぎるんじゃないか。
今日来るんじゃないかと怯えさせるのが刑罰の一つというのか?
自分がその立場なら、せめて、一月、欲を言えば3ヶ月前には教えて欲しい、心の準備がしたいと思うから。
リストラや異動の告知も似ているからそう思う。せめて前もって教えてくれと。
いきなり会社に来なくなった人が、来るか来ないかわからないと、なんとか来なくなった社員にれんらくしようとしてそちらにエネルギーを注いでしまうが、辞めたと決定したら、その人の業務のフォローにエネルギーをつけ得るので、案外気持ちが乱れないないものだ。
死刑囚の最後の声を聞いてみたい気もする。処刑の現場は秘密で守られてるけど、あの死刑囚が懺悔するのか、呪うのか、笑うのか、ただ泣き叫ぶのか
殺人の賠償金が家族の生活を壊すほどのものなですね。過失にしても
交通事故で殺してしまっても、お金は保険出でても、結果責任は重大で恐ろしい。被害者への謝罪とか。
そういえば、免許更新のとき、悲惨なビデオを見せらてたっけ。交通加害者になった人が会社を首になり家庭が崩壊する話。あれは誇張されすぎと思ったけど、あながちそうでもないのか。
誰かを過失にしろ殺してしまうのは、保険金で済む話じゃ全然ない。過失が重大なら刑務所に入ることになって仕事を失うし、離婚して家庭を失うことも当然あるだろう。自分のことばかりじゃなく、被害者遺族の悲しみや怒りや恨みにどう対処していいか分からない。。
本の中で、南郷さんが、あんなにしっかりした大人なのになんでうまくいかないんだろうとか、なんで純一を選んだのかとか、腑に落ちない点が幾つかあった。レイプで自殺未遂を繰り返すほど心が壊れるものなのかとか、あんなチンピラでも親にとったら大事な息子なのかとか
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